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3 見下す使用人

last update Last Updated: 2025-10-24 17:20:13

 ユリアンに怪我を治して貰ったお陰で歩けるようになった私は急いでジークハルトの所へ向かった。

彼は私の婚約者。10年前に婚約した時からずっと愛してきた男性。その人まで奪われるわけにはいかない。

サロンを目指して長い廊下を走る私に軽蔑の目を向ける使用人達。彼らは全て叔父様がじかに雇った使用人達で、採用される際に私のことは最低限の世話だけするように署名させられた上で雇われている。

だから彼らは私の世話など殆どしない。するのは掃除と洗濯程度であった。

「見ろ、またフィーネ様が廊下を走っているぞ」

「伯爵令嬢ともあろう方がするようなことじゃないわね」

「あの黒髪……まるで魔女の様だな」

「本当、ヘルマ様とは大違い」

彼等が私をあざ笑る姿などもう見飽きた。けれど次に飛び込んできた台詞だけは聞き捨てならなかった。

「やはり婚外子という噂は本当だったのだな」

「!」

私は足を止めて声が聞こえた方向を見た。するとそこにはこちらを見てニヤニヤ笑っている赤毛のフットマンが立っている。

「ちょっと、こっち見てるわよ。謝ったほうがいいんじゃないの?」

隣に立つメイドが赤毛のフットマンに声をかけているが、その内容でさえ筒抜けだ。

「放っておけばいいさ。どうせ何も力が無い人間なんだから」

明らかに見下したその態度。

「そこの赤毛の人、名前は何と言うの?」

足を止めて、赤毛の男を見た。

「……」

声をかけるも、男は完全に私を無視している。

「聞こえなかったの? 名を名乗りなさい」

「あ~うるさい人だ。お~い、仕事に戻ろうぜ」

赤毛男は背中を向けると他の使用人達を連れて立ち去っていく。

「……」

そんな彼らが立ち去っていく様を黙って見ているしかなかったが……すぐに我に返った。

「いけない! 急がなくちゃ!」

ジークハルト様の元へ行かなければ!

そして私は再び走り始めた――

****

 明るい日差しが差し込む大きなテラスが付いている広い部屋。窓から見えるのは美しい庭園と揺れる木々。

そこがアドラー家のサロンだった。

「や、やっと着いたわ……」

ハアハアと息を切らしながら私はサロンの前に立った。

私の部屋は叔父家族がやってきてからは離れに無理やり移されてしまった。その為本館とはかなりかけ離れた場所にある為、ここへ来るまでに5分以上かかってしまった。

ドアノブに手を掛けようとすると、部屋の中から楽し気に笑う声が聞こえてくる。

「ところで、フィーネはどうしたのですか?」

不意にジークハルトの声が聞こえてきた。

「ああ、あの子は体調が悪いからと言って部屋で寝ているんですよ」

バルバラ夫人が返事をしている。

「折角ジークハルト様がいらしたと言うのに、不憫なお姉さまだわ~。でも本当は会いたくなくて仮病を使っているのかもしれませんよ?」

「!!」

あまりにも聞き捨てならない台詞に私は思い切り扉を開けた――

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    「ジークハルト様!」「フィーネ!?」驚いてこちらを振り向くジークハルト。「あ、貴女! 何ですか!? ノックもせずに部屋に入ってくるなんて……! 失礼だと思わないのですか!?」バルバラ夫人は私を見て真っ赤な顔をして震えている。一方のヘルマは流石にまずいことを言ってしまったのかと思ったのか、俯いている。「叔母様、ヘルマ。私は元気ですし、ジークハルト様に会いたくない等一度も思ったことはありません」部屋に入り、ジークハルトの元へ行くとドレスの裾をつまんで挨拶をした。「お待たせしてごめんなさい。ジークハルト様」するとジークハルトは笑顔で私を見た。「ああ……良かった。最近会えない日々が続いていたから心配していたんだ。何回か君に会いに来たことがあったのだけど、今日は出掛けているとか、家庭教師が来ている日だからと言われてタイミングが合わなかったから、代わりに夫人とヘルマ嬢が僕の相手をしてくれていたんだよ。だけど……今日は会えたね」「……え?」その言葉に私は耳を疑った。ジークハルトが私に会いに来ていた? それなのに私の元には知らされていない。まさか……!2人を振り返るも、視線を合わせようとはしない。やはりそうだったんだ……!握りしめる手に力がこもる。叔父家族は私を離れに追いやることで、ジークハルトと私が会うのを遮断しようとしていたのだ。その代わりにヘルマを……!悔しさで俯くと、ジークハルトが心配そうに尋ねてきた。「どうしたんだい? フィーネ。やはり具合が悪いのかい?」「え、ええ! そうよ! ほ、ほら。ジークハルト様もこのように仰って下さっているのですから、貴女はもう部屋に下がった方がよいわよ?」バルバラ夫人が慌てた様に声をかけてくる。「そ、そうよ。ジークハルト様のもてなしなら私達で出来るから!」図々しいヘルマの言葉など耳に入れたくも無かった。「……部屋に下がる? どの部屋に下がれと言うのですか? 離れに追いやられた私の部屋のことですか? それとも以前使用していた自分の部屋に戻してくれるのですか?」顔を上げるとバルバラ夫人を見つめた。「なっ……!」夫人の顔が青ざめる。「え? どういうことなんだい? フィーネ、君は今離れの部屋に住んでいるのかい?」ジークハルトは驚いた様子で私を見た。「はい、そうです。それだけではありません。他にも

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